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KL2021・OD・165
~いざという時の備えに~交通事故マガジン
高齢者の自動車事故の原因と対策|普及しない免許返納のハードルとは
人口統計(※)によれば、2020年4月の65歳以上の高齢者の人口は3,650万人でした。全人口が1億2,593万人ですから、高齢者の割合は28.6%、つまり4人に1人以上となっています。
2019年の4月には東京・豊島区で当時87歳の高齢者が事故で被害者を死傷させてしまい、社会的に大きな注目を浴びるという事件が発生しました。また、この事件によって免許を自主返納する高齢者の人数が増えるといった事態も見られています。
一概には言い切れませんが、認知機能や運動機能の低下により、高齢になるにつれ事故を起こしやすい可能性が高まるといったことも考えられます。しかし、自動車がなければ移動手段を確保できないケースもあり、高齢者であっても自動車を運転しなければならないケースもあるでしょう。
高齢化に伴って、今後ますます高齢者による事故件数が増加する可能性もあります。
この記事では、交通事故で被害者を怪我・死亡させてしまった場合の刑罰、高齢者の交通事故の原因、高齢者が運転免許を返納するハードルについて解説します。
※参考:人口推計|総務省統計局
交通事故で人を怪我・死亡させた場合には、「刑事責任」「行政責任」「民事責任」の3つの責任を負います。
行政責任とは免許の違反点数を加算されること、民事責任とは被害者に発生した損害を賠償することをいいます。刑事責任とは、自動車運転処罰法などを犯したことによって、罰金、禁錮、懲役などの罰則を受けることです。
交通事故を起こした場合に適用される罪はいくつかありますが、代表的なものとして次の2つが挙げられます。
ここでは、上記2つがどういった罪なのか、どのような刑事罰が設けられているかについて確認しておきましょう。
危険運転致死傷とは「自動車運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」、いわゆる「自動車運転処罰法」に規定されており、次のような行為を行って人を死傷させた場合に適用される可能性がある犯罪です。
危険運転致死傷の法定刑は、被害者が怪我をした場合には15年以下の懲役、被害者が亡くなった場合は1年以上の有期懲役です。
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
(以下略)
引用:自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第2条
※「次に掲げる行為」については上記箇条書きを参照
かつて自動車事故で被害者を死傷させてしまった場合、刑法の「業務上過失致死」などが適用されていました。そんな中、飲酒運転による悲惨な事故が発生し、厳罰化の声が高まったことを経緯として、危険運転致死傷罪が2001年に新設されました。
その後、自動車運転処罰法が平成25年11月に成立、平成26年5月から施行されており、危険運転致死傷罪は同法の中に規定されています。
刑罰には罰金は設けられておらず、刑事責任を問われ有罪判決が出た場合、原則は懲役になりますので、厳しい処罰が設けられているといえるでしょう。
過失運転致死傷とは、「自動車運転処罰法」に規定されており、自動車を運転するうえで必要な注意を怠って被害者を死傷させた場合に適用される可能性がある犯罪です。
自動車を運転するうえで必要な注意を怠るとは、過失と言い換えられます。この過失とは注意義務を怠ること、つまり事故発生を予見でき事故を回避できたにも関わらず、注意を怠りその結果事故を起こしてしまうことを意味しています。前方不注意、わき見運転、歩行者がいることに気づかなかったなど、さまざまな行為が過失に該当する可能性があります。
過失運転致死傷の法定刑は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金です。
(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
過失運転致死傷は、過失による事故において妥当な処罰を行うために、2007年に刑法に追加された犯罪です。その後、「自動車運転処罰法」が創設されたことに伴い、刑法から移行されました。
警視庁の発表によれば、2011年以降の交通事故発生件数は次の表の通りとなっています。
年度 |
交通事故発生件数 |
高齢運転者の交通事故発生件数 |
高齢運転者の事故の割合 |
2011年 |
5万1,477件 |
6,923件 |
13.4% |
2012年 |
4万7,429件 |
6,600件 |
13.9% |
2013年 |
4万2,041件 |
6,341件 |
15.1% |
2014年 |
3万7,184件 |
6,033件 |
16.2% |
2015年 |
3万4,274件 |
5,806件 |
16.9% |
2016年 |
3万2,412件 |
5,703件 |
17.6% |
2017年 |
3万2,763件 |
5,876件 |
17.9% |
2018年 |
3万2,590件 |
5,860件 |
18.0% |
2019年 |
3万467件 |
5,524件 |
18.1% |
【参考】:防ごう!高齢者の交通事故!|警視庁
交通事故発生件数自体は減少傾向にあり、それに伴って高齢運転者(65歳以上)による交通事故発生事故件数も減少傾向にあります。一方、高齢運転者の事故の割合は増加していることが明らかです。
そもそも日本では高齢化が進行しており、高齢者が増えることによって分母が増えているため、こうした結果になることも自然といえます。
冒頭でお伝えした東京・豊島区で発生した事故では、被害者が死亡してしまったこともあり、世間の注目を集めました。交通事故の被害は多岐にわたりますが、やはり注意すべきなのは被害者が死亡してしまうケースだといえるかもしれません。
ここでは、高齢者が死亡事故を起こしてしまう原因について見てみましょう。
【75歳以上運転者の死亡事故の人的要因】
1位 |
操作不適 |
39% |
2位 |
安全不確認 |
20% |
3位 |
内在的前方不注意(漫然運転など) |
16% |
4位 |
外在的前方不注意(わき見など) |
9% |
5位 |
判断の誤り |
7% |
【参考】:令和2年上半期における交通死亡事故の発生状況|警視庁交通局
警察庁交通局の発表によれば、2020年上半期の75歳以上高齢運転者による死亡事故の人的要因は、操作不適が39%で1位となっています。捜査不適の具体的な内容としては、ブレーキとアクセルの踏み間違いやハンドルの操作不適などが多く見られます。
一概にはいいきれませんが、高齢者になれば身体機能が変化し、適切な運転が困難になる可能性が高まるでしょう。動体視力の低下や筋力・体力の低下、加えて判断力の低下などが加齢とともに増えると考えられます。
特に死亡事故の原因となっているペダルの踏み間違いは、歩行者やほかの車が予期せぬ動きをした場合に起こり得ます。こういったときには、周囲の状況を観察する判断力や、とっさの時に正しいペダル操作をする筋力・体力など、さまざまな能力が求められます。高齢者の方に限りませんが、周辺の状況をよく観察し、ペダルをしっかり確認するなど、丁寧な対応が求められるといえるでしょう。
【65歳以上75歳未満運転者の死亡事故の人的要因】
1位 |
安全不確認 |
30% |
2位 |
内在的前方不注意(漫然運転など) |
24% |
3位 |
外在的前方不注意(わき見など) |
17% |
4位 |
操作不適 |
13% |
5位 |
判断の誤り |
10% |
【参考】:令和2年上半期における交通死亡事故の発生状況|警視庁交通局
一方、65歳以上75歳未満の高齢運転者が死亡事故を起こしてしまう原因の1位は、安全不確認で30%となっています。以降は、内在的前方不注意、外在的前方不注意と続いています。
1位の安全不確認とは、交差点などで安全を確認しなかったり、安全確認が不十分だったりといったことを意味しています。これも加齢にともなう身体機能の低下が原因に挙げられるでしょう。
高齢になると視野角が狭くなったり首が動く角度が小さくなったり、動体視力が低下したりといったことが起こります。これらによって事故発生まで被害者の存在に気が付かず、事故を起こしてしまうのです。
Q,高齢者事故を未然に防ぐためにできることとは?
北海道科学大学 短期大学部 自動車工学科 汐川満則教授
高齢者事故を未然に防ぐためには、高度な運転支援装置を搭載した自動車の普及促進と共に、運転者の安全運転意識を再構築する教育が最も重要と考えます。
国土交通省の推進する「安全運転サポート車」への乗り換え、若しくは、既存車両への「後付けのペダル踏み間違い急発進抑制装置」等の追加装備の安全対策を行うことで、事故防止には一定の効果が期待できます。
とくに誤操作による事故対策として、「後付けのペダル踏み間違い急発進抑制装置」は、自動車メーカ又は部品用品メーカ等から種々の認定装置が発売されていますので、自動車ディーラ等で既存車両への適合等を確認され、装着を検討されるのも良いでしょう。
また一方で、自動車の運転は、路上にある多くの情報を視覚・聴覚を通じて処理・判断する能力と最適な運転操作を瞬時に行う身体的な能力等が要求され、これらは多くの運転経験(訓練)の積み重ねを経て習得されます。
ベテラン・ドライバでもある高齢者の方は、これまでも過去の経験から得た知識や技能を駆使して安全運転を励行されてきたと察しますが、加齢に伴う判断力や身体能力の低下も同時に進行してきており、そのギャップを修正するための知識や技能のアップデートが必要な状態になっていると思われます。
安全運転に係わるスキルアップのためには、JAF(日本自動車連盟)等が開催している実技講習会などに参加し、高度な運転支援装置を搭載した自動車等に関する正しい知識の習得と、自己の運転技能並びに安全動作に関する認知機能等をしっかり見つめ直すことが必要であり、ここから得られる体験は安全運転意識を再構築すると同時に事故を未然に防ぐことにも繋がるのではないでしょうか。
汐川満則教授のご経歴と関連著書 |
ご経歴 1984年 北海道工業大学(現 北海道科学大学)工学部機械工学科卒業 1984年 北海道自動車短期大学(現 北海道科学大学短期大学部)助手着任 1994年 同短期大学 講師 2003年 同短期大学 助教授(准教授) 2009年 北海道科学大学短期大学部自動車工学科 教授 関連著書 自動車の走行性能と試験法(2008-東京電機大学出版局) |
令和元年版運転免許統計によれば、返納数は年々増加しており、2019年は60万1,022件の運転免許が返納されました。
年度 |
返納数 |
2012年 |
11万7,613 |
2013年 |
13万7,937 |
2014年 |
20万8,414 |
2015年 |
28万5,514 |
2016年 |
34万5,313 |
2017年 |
42万3,800 |
2018年 |
42万1,190 |
2019年 |
60万10,22 |
【参考】:令和元年版運転免許統計|警察庁
しかし、すべての高齢者が免許を返納しているわけではありません。高齢者の交通事故を減らすには免許証を返納してもらうのが一番の方法かもしれませんが、それは難しい可能性が高いです。ここではその理由を見てみましょう。
高齢であることが原因で、交通事故を起こしてしまうということは一概には言い切れません。判断力や体力等が低下していたとしても、しっかりと安全な運転ができているのであれば事故を起こす可能性は限りなく抑えられると言えるでしょう。
そのため、高齢であっても自分自身は免許を返納すべきだと思えないと考えている高齢者も少なくないのかもしれません。
実際、立正大学心理学部 所正文教授の調査によると、高齢であるほど「事故を回避する自信がある」と考える人が多いようです。
年齢を経るにつれて運転期間が長くなりますから、それに伴って経験も豊富になっていき、自分の運転に自信を持つ傾向にあるのでしょう。その結果、まだ免許を返納すべきではないと思っている人も少なくないかもしれません。
返納をしないのは、しないのではなくできないから、といったこともあるでしょう。とくに公共交通機関が発達していない地域であれば、移動手段が自家用車に限られるということも少なくありません。
実際、地域別の返納率をみれば、人口が多くない地域だったり交通網が発達していなかったりする地域の返納率は、低いことが見て取れます。
都道府県 |
返納数 |
割合 |
高齢者人口(千人) |
高齢者あたり返納率 |
鳥取県 |
2,660 |
0.44% |
177 |
1.50% |
高知県 |
3,115 |
0.52% |
245 |
1.27% |
山梨県 |
3,160 |
0.53% |
248 |
1.27% |
福井県 |
3,226 |
0.54% |
234 |
1.38% |
徳島県 |
3,806 |
0.63% |
243 |
1.57% |
佐賀県 |
3,818 |
0.64% |
244 |
1.56% |
島根県 |
3,836 |
0.64% |
231 |
1.66% |
和歌山県 |
4,458 |
0.74% |
306 |
1.46% |
秋田県 |
4,684 |
0.78% |
357 |
1.31% |
石川県 |
4,892 |
0.81% |
334 |
1.46% |
宮崎県 |
5,097 |
0.85% |
342 |
1.49% |
沖縄県 |
5,228 |
0.87% |
313 |
1.67% |
【参照】令和元年版運転免許統計|警察庁
上記のような県に住んでいる方にとっては、自動車を利用しなければ日常生活を送れないといっても過言ではないのかもしれません。加齢によって事故を起こす可能性が高まるとはいえ、ただちに免許を返納できる状態にある人ばかりではないのです。
立正大学 心理学部 所正文教授
まず、高齢者ご本人が老いを自ら受容できるかどうかにかかっていると思われます。運転に必要な能力は加齢とともに低下する能力と重なり合う部分が多く、運転は高齢者にとって不向きな仕事であることは確かです。
「運転免許を返納しても人生が終わるわけではなく、新たな人生が始まる」といった切り替えがスムーズにできる人は返納の決断が比較的早く行われます。
しかし、居住地によっては、免許返納によって、生活が著しく不便になるため、その切り替えは容易ではありません。それ故に、免許返納後の生活の見通しを身近な人たちと共に知恵を絞って一緒に考えることが大切になり、周辺サポーターの充実度合いが、高齢者の免許返納の決断に大きな影響を及ぼします。
周辺サポーターとは、自分や家族の努力で作り出す「自助」、地域社会が作り出す「共助」、行政が作り出す「公助」に分かれます。
現在の日本社会には、周辺サポートシステムが十分に整っているとは言えません。にもかかわらず、高齢ドライバーが絡む交通事故が起こるとマスコミは大々的に報道し、高齢者に対して免許返納の圧力をかけているように見受けられます。
加齢に伴う能力低下があっても、高齢者がそれを自覚しながら、天候の良い昼間の時間帯に、交通量の少ない慣れた道路を運転するのであれば、かなり高齢まで運転継続は可能なはずです。
高齢者が免許返納に踏み切れるかどうかは、高齢者の視点に立てば、老いの受容ができるか否か、社会の視点に立てば、高齢者が地方社会において免許を返納しても生活できる周辺サポートシステム作りができるかどうかにかかっています。
所正文教授のご経歴と関連著書 |
ご経歴 1957年生まれ, 立正大学心理学部教授。 早稲田大学第一文学部心理学専攻卒業, 同大学院修士課程修了, 博士(文学,早大)。 日通総合研究所研究員, 国士舘大学政経学部教授等を経て現職。 東京都知事賞・日本労働協会長賞受賞。 英国シェフィールド大学Visiting Professor(2003-04年)。 高齢ドライバー問題に関してNHK「クローズアップ現代」,「視点・論点」等, ニュース解説番組にも出演。 関連著書 高齢ドライバー(2018-文春新書) 人生100年時代の生き方・働き方(2017-学文社) 車社会も超高齢化(2012-学文社) 高齢ドライバー・激増時代(2007-学文社) 働く者の生涯発達(2002-白桃書房) 中高年齢者の運転適性(1997-白桃書房) |
交通事故を起こした場合、「危険運転致死傷」や「過失運転致死傷」に該当し、罰金や禁錮、懲役などの刑事罰を受ける可能性があります。
高齢者が死亡事故を起こす原因は年齢によってことなっており、75歳以上はアクセルとブレーキを踏み間違えるなどの操作不適、75歳未満は安全不確認です。どちらも身体機能の衰えなどが根本的な原因となっているので、高齢者が運転する場合には十分な注意が必要だといえるでしょう。
高齢者が事故を起こすことを避けるには免許を返納することが一番の手かもしれませんが、自動車が生活手段となっているケースもあり、なかなか難しいのが現状のようです。
社会全体で高齢者の交通事故を減らす取り組みを進めていく必要があるといえるでしょう。
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