人身事故にしないと保険はおりない?物損との違いや切り替え手続きを解説
交通事故でけがをしたのに、人身事故にしないと保険はおりないのでしょうか。
結論からいえば、人身損害を補償する保険では、人身事故として報告しなければ保険金を受け取れない場合があります。
物損事故のままでは、保険金請求や損害賠償で不利になってしまう場面も多いです。
ただし加害者から人身事故にしないよう求められても、けががあるなら応じるべきではありません。
本記事では、人身事故にしないと保険がおりない理由や、物損事故からの切り替え手続きを解説します。
この記事の監修者
代表弁護士 野条 健人 (大阪弁護士会)
人身事故扱いにしないと、交通事故の保険金はおりない?
交通事故の被害に遭った場合、各種保険の保険金を請求できます。
保険の種類によっては、人身事故でなければ補償を受けられないものもあります。
けがをしたら必ず人身事故として警察官に報告しましょう。
自賠責保険は、人身事故でなければ補償対象外
自動車を運行の用に供する場合、自賠責保険への加入が義務付けられています(自動車損害賠償保障法5条)。
自賠責保険とは、すべての自動車やバイクに法律で加入が義務付けられている強制保険です。
けがをしたときは、相手方の自賠責保険から保険金を受け取れます。
補償の対象は、人身損害(=傷害・後遺障害・死亡による損害)のみです。
車の修理代などの物的損害(物損)は、自賠責保険の対象外なので注意が必要です。
人身損害による保険金請求では、人身事故の交通事故証明書の提出を求められる
人身損害を補償する保険には、加害者側の自賠責保険や任意保険、被害者自身の人身傷害保険などがあります。
請求の際には、交通事故証明書の提出を求められます。
交通事故証明書は、「自動車安全運転センター」で取得可能です。
警察官への報告内容に応じて、「人身事故」または「物件事故(≒物損事故)」と記載されます。
人身損害の保険金請求では、原則として人身事故と記載された証明書が必要です。
代替書類で受理される場合もありますが、人身事故の証明書を用意できないと支払いが遅れやすい点にご注意ください。
物損に関する保険金請求は、物損事故扱いでも可能
物損に関する保険金の請求なら、物件事故の交通事故証明書でも足ります。
人身損害のように、人身事故の証明書が必須というわけではありません。
たとえば、加害者側の対物賠償保険や、被害者自身の車両保険などです。
いずれの請求も、物損事故扱いのままで問題なく手続きを進められます。
物損の賠償で対象になるのは、車の修理費や全損時の時価、代車の費用などです。
評価損が認められる場合もありますが、車種や年式によって判断は分かれます。
受け取れる金額は、事故の過失割合に応じて変わる点にも注意が必要です。
ただし、けがをしているなら話は別です。
物的損害と人身損害の両方があるなら、忘れず人身事故として報告しておきましょう。
交通事故を人身事故扱いにしないことによるその他のデメリット
けがをしたのに人身事故として報告しないと、保険金請求のほかにも以下のデメリットが生じかねません。
順を追って解説します。
実況見分調書が作成されず、過失の立証について不利になる可能性がある
人身事故として報告すると、警察官が現場を記録した実況見分調書が作成されます。
実況見分調書とは、主に人身事故や事件が起きた際に、警察官が現場の状況を調査して作成する公的な書類のことです。
書面には、車両の位置や進行方向・路面の痕跡・当事者や目撃者の供述などが記録されます。
ドライブレコーダーの映像など別の客観的な証拠があれば、事故状況の立証に使えます。
ただし別の証拠がなければ、実況見分調書なしで事故状況を立証するのは困難です。
立証できない場合、加害者の過失が正しく認定されず、損害賠償が棄却・減額されかねません。
有力な証拠を残すためにも、けがをしたら直ちに人身事故として報告しましょう。
治療費や慰謝料などの請求に影響する可能性がある
人身事故として報告していないと、けがが事故由来でないと疑われやすくなります。
けがと事故の因果関係が不明なら、人身損害の損害賠償請求は認められません。
因果関係を示す材料は、事故直後の受診や診断書、継続した通院の記録などです。
報告がないと、保険会社から支払いを渋られる場面も出てきます。
治療費や入通院慰謝料は、通院の期間や頻度に応じて算定される仕組みです。
通院の実態が乏しいと、慰謝料が低く見積もられる場合もあります。
人身損害は高額になりやすく、対象外とされれば被害者の負担は重くなります。
事故とけがのつながりを早い段階で記録に残すことが大切です。
適正な賠償のためにも、けがをしたら人身事故として報告しましょう。
加害者の刑事・行政上の責任を問えなくなる
警察が人身事故と認識していなければ、加害者が刑事責任を問われることはありません。
人身事故は、過失によるものでも「過失運転致死傷罪」などの処罰対象です(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)。
なお悪質な運転による死傷事故については、2026年7月21日施行の改正で危険運転致死傷罪の適用基準が明確化されました。
人身事故で被害者がけがをすると、違反点数が加算され、免許停止や取消しになる例も少なくありません。
一方、物損事故は故意がなければ犯罪にあたらず、加害者が処罰されることは基本的にありません。
けが自体への加算はないため、免許停止や取消しはまれです。
けがをして加害者に厳しい処分を求めたいなら、警察官に人身事故として報告しましょう。
交通事故で人身事故扱いにしないメリットは、被害者側には特にない
加害者側には、後述のとおり人身事故扱いを避けたい動機がいくつも考えられます。
一方、被害者にとって、けがをしているのに人身事故扱いにしないメリットは特にありません。
物損事故のままでは、保険金の請求や損害賠償、証拠の確保など、ほぼあらゆる面で不利になります。
実況見分調書も作成されず、事故状況を裏づける客観的な証拠も手元に残りません。
軽症だからと物損事故で済ませると、後から治療費や慰謝料を請求しにくくなります。
示談交渉の場面でも、被害者が不利な立場に置かれかねません。
加害者側に頼まれても、被害者が安易に応じる理由はどこにもないでしょう。
けがをしているなら、実態どおり人身事故として警察官に報告しましょう。
加害者が人身事故扱いにしたくない理由
加害者が「人身事故として報告しないでほしい」と頼んでくる背景には、いくつかの理由が考えられます。
一つひとつ解説します。
刑事責任から逃れたい
人身事故では、加害者に故意がなくても、過失運転致死傷罪などの責任を問われる場合があります。
根拠は、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条です。
同罪の法定刑は、7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です。
有罪になれば前科が残り、その後の生活に影響する可能性があります。
起訴されれば、公開の法廷で裁かれることも避けられません。
一方、物損事故として報告しておけば、刑事責任を問われる可能性は低くなります。
物を壊す行為は、原則として故意がない限り犯罪にあたらないからです。
加害者が人身事故としての報告を渋るとすれば、こうした刑事責任を免れたい思惑があるのかもしれません。
免許停止や免許取り消しを回避したい
人身事故では、物損事故よりも運転免許の違反点数が多く加算されます。
加算される点数は、被害の程度や加害者の不注意の程度に応じて決まります。
けがが重いほど、また事故における不注意の度合いが大きいほど、点数は高くなる傾向です。
また前歴の有無によって、免許停止の期間も変わってきます。
点数が一定に達すると、免許停止や取消しの行政処分を受けるおそれがあります。
免許を失えば、通勤や仕事に支障が出る人も少なくないでしょう。
一方、物損事故そのものには原則として点数が付かないため、加害者が報告を渋るのは免許停止や取消しを避けたい可能性があります。
一般的に、日常的に運転する立場ほど行政処分の重さを強く意識する傾向です。
示談金額を低く抑えたい
加害者が任意保険に加入していれば、被害者への損害賠償は基本的に全額が保険金でカバーされます。
一方、未加入の場合は自賠責でまかなえる分を除き、加害者が自腹で賠償しなければなりません。
人身事故の賠償には、治療費・休業損害・慰謝料・後遺障害の損害などが含まれます。
物損に比べて高額になりがちで、後遺障害が残れば数百万円を超える例も珍しくありません。
自賠責の傷害分の限度額は被害者1名につき120万円と定められており、超えた分は自己負担です。
まとまった金額を用意できず、分割払いを迫られて支払いが長期に及ぶ例もあります。
未加入の加害者が報告をやめるよう求めるなら、示談金額を抑えたい思惑があるのかもしれません。
交通事故トラブルから早期に解放されたい
人身事故のほうが物損事故より責任が重い点は、世間でも広く知られています。
実況見分や捜査、示談交渉などの手続きが重なり、解決まで時間がかかりがちです。
治療が長引けば、示談の開始そのものが先延ばしになりかねません。
警察や保険会社とのやり取りが長引くほど、加害者の心理的な負担も増します。
示談がまとまらなければ、裁判に発展する場合もあります。
物損事故なら、比較的短い期間で解決に至るケースが多いのも事実です。
報告を避けたがるのは、早く解決する物損事故で済ませ、トラブルから離れたいからかもしれません。
とくに多忙な人ほど、事故処理が長引く事態を強く嫌う傾向があります。
軽い接触事故でも人身事故扱いにすべき?
車が大破するような大事故でなく、少しぶつかった程度の接触でも、けががあるなら人身事故として報告すべきです。
軽症でも、被害者は加害者側にさまざまな損害賠償を請求できます。
請求の場面では、警察官が作成する実況見分調書が有力な証拠になります。
実況見分調書を作ってもらうには、人身事故としての報告が欠かせません。
また、被害者が受けたけがの損害は、加害者側の自賠責保険や任意保険でカバーされます。
保険金請求では人身事故の交通事故証明書が必要なので、やはり人身事故として報告すべきです。
規模にかかわらず、けががあるなら人身事故に変わりはありません。
事実どおり、人身事故として警察官に報告しましょう。
物損事故から人身事故に切り替える手続き
事故当時は物損事故として報告していても、後から人身事故に切り替えられる場合もあります。
物損事故から人身事故への切り替えの流れは、以下のとおりです。
- 医療機関を受診し、診断書を発行してもらう
- 警察署に切り替えを申し出る
- 警察官による実況見分がおこなわれる
- 保険会社に切り替えの連絡をする
具体的に解説します。
医療機関を受診し、診断書を発行してもらう
まずは医療機関を受診し、けがの診断書を発行してもらう必要があります。
診断書は、けがの部位や程度、治療の見込みなどを医師が記載する書類です。
切り替え手続きでは、診断書が欠かせない資料です。
診断書がなければ、警察は人身事故への切り替えを受け付けてくれません。
受診が遅れると、事故とけがの因果関係が曖昧になり、切り替えが難しくなります。
事故直後は痛みを感じなくても、あとから不調が出る場合も珍しくありません。
むちうちのように、時間をおいて症状が現れるケースもあります。
少しでも違和感があれば、我慢せず早めに受診しておきましょう。
けがに気づいたら、症状に応じた診療科で速やかに診てもらうことが大切です。
警察署に切り替えを申し出る
診断書を取得したら、なるべく早めに警察署で人身事故への切り替えを申し出ましょう。
切り替えの相談は、事故を管轄する警察署の交通課が窓口になります。
切り替えに必要となる主な書類は、以下のとおりです。
- 診断書
- 運転免許証
- 車検証
- 自賠責保険証
- 印鑑 など
窓口の対応時間は署によって異なるので、事前に調べておくと確実です。
担当した警察官に、けがの診断書を示して切り替えを希望する旨を伝えます。
準備が整っていれば、その日のうちに手続きが済むこともあります。
切り替えに必要となる主な書類は、以下のとおりです。
具体的な必要書類は、警察署の担当者にご確認ください。
警察官による実況見分がおこなわれる
切り替えが受理されると、事故現場で警察官が実況見分をおこないます。
実況見分とは、人身事故や事件の発生後に警察が現場の状況や痕跡を客観的に記録・保全する捜査手続きです。
記録の材料になるのは、現場の痕跡や当事者への聴き取りです。
車の位置や速度、信号の色など、事故の再現に必要な事項をひとつずつ丁寧に確認する流れです。
実況見分には、状況によって一定の時間がかかることも見込んでおきましょう。
立ち会いは、原則として当事者双方でおこなわれます。
ただし都合が合わなければ、立ち会いなしで実施される場合もあります。
実況見分で記録された内容は、後の過失割合の判断を左右する重要な資料です。
自分の認識を正しく反映してもらうため、立ち会いを求められたら応じるのが賢明です。
保険会社に切り替えの連絡をする
切り替えが完了したら、保険会社へ人身事故に切り替えた旨を連絡しましょう。
連絡が必要なのは、加害者側の任意保険会社だけではありません。
示談交渉を代行してもらっている自分の保険会社にも、忘れず連絡しておいてください。
人身事故に切り替わると、治療費や慰謝料といった人身の賠償項目も対象になります。
保険会社からは、人身事故と記載された交通事故証明書などの提出を求められます。
書類の提出が遅れると、保険金の支払いも後ろ倒しになりかねないので注意が必要です。
切り替えの経緯や提出する必要書類は、担当者に確認しておくと安心です。
必要な書類はできるだけ早めに揃え、手続きを進めましょう。
物損事故から人身事故への切り替えは、いつまで認められる?
物損事故から人身事故への切り替えは、事故から時間が経つほど認められにくくなります。
もし認められなかった場合は、弁護士の助言を受けつつ、損害賠償請求へ向けて準備を整えましょう。
具体的なポイントを解説します。
1~2週間後が目安|早めに医療機関の受診を
切り替えが認められる期間は、事故発生からおおむね1~2週間が目安です。
時間が経ちすぎると、事故とけがの因果関係が曖昧になり、切り替えが受理されにくくなります。
けがに気づいた段階で、すぐに医療機関を受診しましょう。
人身事故への切り替えが認められない場合の対処法
切り替えが認められないと、保険金請求で求められる人身事故の交通事故証明書を入手できません。
代わりに、保険会社へ「人身事故証明書入手不能理由書」を提出すれば、請求を受理してもらえる場合があります。
人身事故証明書入手不能理由書とは、事故が物損事故として処理された後でも自賠責保険等へ治療費や慰謝料を請求するために必要な書類です。
入手不能理由書の様式は各保険会社が用意しているので、記入のうえ提出してください。
切り替えが認められないと、警察官による実況見分もおこなわれません。
損害賠償請求では、事故状況の客観的な証拠の確保が重要です。
物損事故のままでは実況見分調書が作られず、客観的な証拠をひとつ失うため注意が必要です。
たとえば、ドライブレコーダーの映像や目撃者の証言など、状況を裏づける証拠をできる限り集めておきましょう。
切り替えが受理されないと、被害者には難しい対応が求められるため、適正な賠償を得るためにも弁護士の力を借りて最善を尽くすことが重要です。
加害者から「人身事故扱いにしないでほしい」と言われたらどうすべき?
加害者は、「刑事責任を免れたい」「示談金額を抑えたい」といった理由から、人身事故として報告しないよう求めてくる場合があります。
しかし被害者にとって、人身事故として報告しないことにメリットはありません。
むしろ、保険金がスムーズに支払われないなど、さまざまなデメリットを被るため注意が必要です。
報告しないよう求められても、けががあるなら遠慮せず、人身事故として届け出ましょう。
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